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★☆ 貴人との出会い ☆★ 

191124 ボーイスカウト

★☆ 貴人との出会い ☆★

時折、子供時代を振り返ることがあります。自分では至って普通の子供のつもりでしたが、実は大人から見れば、あまり可愛げのない存在だったようです。まあ三つ子の魂百までといいますから、昔も今も、ほとんど同じということでしょうか。小学校6年の時には、担任の先生から、こう言われました。
「お前には、子供らしさがない」

そんなこと言われたって困ります。心の中で「子供なんだから仕方ないだろう」なんて思いながら、上の空で小言をやり過ごしてました。自分では分かりませんが、目障りだったんでしょうね。先生の言動を鼻で笑っていたり、ひねこびた発言を連発していたのだと思います。

兄が障がいを持っていましたので、普通の子供よりも余分に世の中が観察できたのかもしれません。もっとも、嫌な面ばかりを見ていたと言えますが、いろいろな経験をさせてもらえたのは事実です。

そりゃあ、見ただけで兄は普通じゃありませんから、気になって見ちゃうのは仕方ありません。でも見世物じゃああるまいし、興味本位でジロジロ眺める人がいて、これには腹が立ちましたね。逆に、気づかないフリをして、兄の存在を無視してくれる人。これは感謝でした。そのころは一応「子供」でしたから、「見世物」の視線はつらかったです。

哀れみの視線に、バカにする視線。そっと手を差し伸べてくれる人あり、また、迷惑がって邪険にする人あり。本当に人それぞれです。「子供ならまだ仕方ないけど、大人になっても、こんなバカなままなの?」なんて思うわけです。まあ少し「ひねこび」ますわ。今考えてみると、その頃、大人社会に幻滅していたかもしれません。

高学年になってくると、大人社会の影やら闇やらが見えてきます。欲望渦巻き、弱肉強食の現実。そしてその中で、偽善者のどれだけ多いことか。そんな汚辱に染まるくらいなら、人間やめたほうがまだマシだというのが、その当時の本音です。学校の先生すら、心から信用できませんでした。だってハンパに見えますもの。いやホント、やなガキですね。

その「大人社会の幻滅」は、たった一人の人間との出会いで、雲散霧消しちゃいました。尊敬できる大人と、生まれて初めて出会ったのです。それはボーイスカウトの隊長です。

誰の人生にも、運命をコロッと変える「貴人」との出会いがあると聞きます。私にとっての「貴人」が、この隊長だったわけです。ボーイスカウトの「ちかい」と「おきて」を純粋に信じて実行し、裏表などまったくありません。知行合一を地で行った隊長には偽善の余地などありません。スカウト技能や野外活動のスキル、経験、体力、気力と全てに超人的でした。尊敬というよりは「賛仰(さんぎょう)」する対象だったかもしれません。

こんな人がいたのですから、大人社会への幻滅など消し飛びました。子供の認識では、この世の中の素晴らしい面が理解できなかっただけで、世の大人たちを裁くなど、百年早いと思い知らされたわけです。

ホントは、尊敬できる「貴人」など、どちらかというと絶滅危惧種でして、幻滅する大人ばかりだというのが事実に近いとは思います。しかし、一人だけでも「貴人」と遭遇すれば、「世界はまだ捨てたモンじゃない」と希望がわいて、生きていけるようになるもんです。
いじめられたり、不登校だったりと、大変な環境で大人社会に幻滅している子供たちも、本当にたくさんいるでしょう。「ボーイスカウトやってたらなあ」「尊敬できる大人が、周囲に一人でもいたらなあ」などと、自分の経験と重ねて痛感したりしてます。

でも、自分で探さないと「貴人」はいないんですよね。学校教育に期待できなければ、社会教育の方ではいかがでしょう。技術やスキルだけ教えるところではなくて、ボーイスカウトや武道のように、精神性を根底に持つところなんか、求道者や修行者のような「貴人」がゴロゴロしているかもしれません。もちろん、学校の先生にだって「貴人」はいますし、素敵な経営者やら芸術家にもいるでしょうし、農家にも達人はいらっしゃいます。

社会に幻滅し、つらい環境にあるならば、そんなときこそ見聞を広める時です。自分にとっての「貴人探し」をなされたらと思います。人それぞれ「貴人」は違うでしょう。限られた自分の経験と知識だけでは、世界に失望してもおかしくはありません。しかし世界は驚きと感動に満ちているのも事実。悪い人もいるかもしれませんが、同時に素晴らしい人々もいるのも、これもまた事実です。

そしてまた先を歩む大人たちは、後から続いてくる人たちのために、自らが「貴人」となる義務があると思います。自分が悩み苦労して乗り越えたことは、人生の勲章でもあるとともに「智慧」の宝庫ともなります。その「智慧」を以って、自らも「貴人」となる尊い義務を果たしましょう。狭い世界に閉じこもって絶望してる子供たちのために、広い世界が光に満ち溢れていることを、行動によって後姿でもって示しましょう。

現在、世界は「貴人」を、絶賛大募集中です。

飯田 剛


 

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[ 2019/11/25 07:07 ] メッセージ | TB(0) | コメント(0)

◆◇ 戦後日本と「いじめ」の対応 ◇◆ 

191119 ススキ野

◆◇ 戦後日本と「いじめ」の対応 ◇◆

 教育現場に長く身を置いてきましたので、何度か「いじめ」問題に遭遇し、その都度対応してきました。しかし、自分たち教員集団が見落としている事案もあったのではないかと考えています。おそらく、あったのだろうなと思います。

 高校には「懲戒指導」がありますので、事実を把握した上で、問題が大きければ、戒告・謹慎・停学、そして退学までの処分を行うことになります。それが一定の抑止力になっていると感じています。小中学校の場合は懲戒の範囲が限られますから、解決に向けた取り組みに大変な労力がかかることと拝察します。

 「いじめ」問題は被害者を守り、不利益のないようにすることは当然欠かせませんが、加害生徒への対応、両者の保護者への対応などに思いを巡らすと、しんどく感じることもあるだろうと思います。私のささやかな経験の中には、加害生徒に懲戒指導を与える前や進路変更(自主退学若しくは自主転学)をお勧めする場合には、加害者側の保護者の方からクレームをいただくことがありました。

 ある時は、継続的な暴力と金銭強要を伴う事案に出くわしました。内容が内容だけに、私は警察に通告し連携を取りながら、被害者の安心・安全の確保、及び、金銭的損害の回復と、加害者の立ち直りを試みました。その時には、加害生徒に進路変更をしていただくようお願いすることになりました。加害者の保護者の方から「先生は息子を警察に売った」と言われました。私は少し悲しく感じました。

 また、いくつかの「いじめ」の事例の情報を知る中で、不思議に思う対応があります。それは、被害者と加害者を「話し合わせる」という手法です。犯罪被害者と加害者を話し合わせて解決するということなのでしょうか。対等な関係同士のけんかならば、それでよいかもしれませんが、「いじめ」においては心理的に対等な立場ではないことは明らかです。

 いじめの当事者同士が、その解決に向けて「話し合う」ということに、違和感を覚えます。「話し合えば」何でも解決できるというお花畑的発想だと思います。

 これがまさに、戦後の「平和主義」に通底すると思えてなりません。かつての同僚の教員の方の中にも、「自衛隊の軍備や日米安保条約はいらない。攻められそうになったら話し合えば解決する」と仰る方がいらっしゃいました。

 国防問題と「いじめ」問題は同一には考えらえませんが、「話し合い」では、軍事力等の国力の弱い立場の方が被害を受けることは明らかです。問題の解決につながりません。「いじめ」や不当な圧力に屈しない備えや対応が必要です。

 「いじめ」に関しては、被害者はいうまでもなく、加害者にとっても自分の人間としての「輝き」を損なってしまうことになります。保護者の方や学校の先生方が、心を込めて寄り添い解決策を実行することが大切だと思います。

 国防も「いじめ」も、悪を押しとどめる体制づくりが欠かせません。その意味で、軽薄な戦後の「平和主義」を克服する必要あり、と考えます。

元公立高校校長 清川 洋


 

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[ 2019/11/19 19:30 ] メッセージ | TB(0) | コメント(0)

☆★ いじめの認知件数公表について ★☆ 

191102 ダリアオレンジ

☆★ いじめの認知件数公表について ★☆

 10月17日、文部科学省から、昨年度の「いじめ認知件数」が発表されました。(注1)
 文科省の調査によると、平成30年度(2018年4月~2019年3月)に、全国の小中高校などが認知したいじめの件数は54万3,933件、前年度(41万4,378件)から約13万件増加し、過去最多となりました。
 学校別にみると、小学校42万5,844件(前年度31万7,121件)、中学校9万7,704件(同8万424件)、高等学校1万7,709件(同1万4,789件)、特別支援学校2,676件(同2,044件)と、特に小学校で、10万件以上増えていることが明らかになりました。

 また、いじめによって生命等への危険や不登校になった疑いのある「重大事態」についても、小学校188件(前年度145件)、中学校288件(同224件)、高校122件(同102件)、特別支援学校4件(同3件)で、全体では前年度を128件上回る602件と、いじめ防止対策推進法の施行で集計が始まった平成25年度以来最多でした。

 いじめ認知件数が増加したことについて、文科省は、「初期段階のものも積極的に認知し、個別の事案に対応している」と、前向きにとらえていると報道されています。
 「いじめゼロが良い学校」という考え方は淘汰されて、「軽微ないじめも見逃さずに解決する学校が良い学校」と、先生方の意識も変わりつつあるように思えます。

 ただ、今回の調査でも、地域や学校によって意識に差があることがうかがえます。
 都道府県別、指定都市別の児童生徒1,000人当たりの認知件数をみると、指定都市では、新潟市が、児童生徒1,000人当たり250件、都道府県では、宮崎県が101.3件と報告しているのに対して、佐賀県はわずか9.7件しか認知していません。

 さらに、いじめが1件もないと報告している学校は19.2%と、ほぼ5校に1校の割合です。確かにいじめがゼロの学校もあるのかも知れませんが、5分の1の学校がそうであるというのは、あまりにも現実離れしているように思えます。
 いじめの正確な認知を推進するために、文部科学省は、昨年3月26日付の「通知」で、各学校において、いじめの認知件数がゼロであった場合は、そのことを児童生徒や保護者向けに公表し、検証を仰いで、認知漏れがないか確認することを求めています。(注2)
 全学校の5分の1で、本当に、子供や保護者に対して、いじめがゼロで間違いないかの確認をしているのか、かなり疑問です。
 各学校が独自のいじめの定義を決めるなどしているために、いじめの基準がまちまちになってしまっており、このようなことが起きていると言えます。

 また、調査結果では、いじめ認知件数やいじめの態様等のほか、いじめ加害生徒に対する措置や、いじめ被害生徒への対応等も明らかにされています。

 私たちのところへの被害者側からの相談では、
「いじめっ子がいる教室には怖くて入れない、でも、被害を受けたほうが保健室登校させられて、教室で授業を受けられないのはおかしい。加害生徒を別のクラスに替えてほしい」
「クラス替えが無理なら、いじめ防止対策推進法に基づいて、加害生徒を今の教室から出して、別室で勉強するようにしてほしい」
という要望が実に多いのですが、加害生徒に対する措置に関しては、ほとんどの学校がなかなか認めてくれません。

 文科省の調査結果を見る限り、加害児徒の「学級替え」、被害生徒の「学級替え」ともに、多くはありませんが行われていることが示されています。
 「クラス替えはできない」という学校に対しては、「他の学校では行われていると文科省が発表している」事実を示して交渉することで、対応が変わることもあります。

 また、被害者側が要望する、加害生徒を今の教室から出して教室以外の別室で学習させるというのは、いじめ防止対策推進法が「いじめに対する措置」の一つとして定めているものです(同法23条4項・注3)。
 この「別室指導」について、今回の発表では、6万1,569件、いじめ全体の11.3%となっています。
 私たちへの相談では、クラス替えできたという事例はありますが、加害者を別室で学習させたという話は聞いたことがありません。
 ここまでの数の「別室指導」が行われたのでしたら、しっかりとしたいじめ指導が示されているとは思うのですが、この数値を見る限り、「加害者を別室に呼んで叱った」数と勘違いしているのではないかと思われます。

 いじめのご相談を受け付けています。ご心配なことがありましたら、ご遠慮なくご連絡ください。

いじめから子供を守ろう ネットワーク
松井 妙子

(注1)
「平成30年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸問題に関する調査結果について」

file:///C:/Users/ijimamo/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/31V00UBW/1410392.pdf 

(注2)
平成30年3月26日 いじめ防止対策の推進に関する調査結果に基づく勧告を踏まえた対応について(通知)

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1409382.htm

(注3)
いじめ防止対策推進法
(いじめに対する措置)
第23条 (1項~3項 省略)
4項 学校は、前項の場合(注:いじめがあったことが確認された場合)において必要があると認めるときは、いじめを行った児童等についていじめを受けた児童等が使用する教室以外の場所において学習を行わせる等いじめを受けた児童等その他の児童等が安心して教育を受けられるようにするために必要な措置を講ずるものとする。


 

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[ 2019/11/02 17:47 ] メッセージ | TB(0) | コメント(0)

◆◇ 同調圧力と“いじめ”の関係、不幸にならない考え方とは ◇◆ 

191015 赤い実

◆◇ 同調圧力と“いじめ”の関係、不幸にならない考え方とは ◇◆

 最近、ネットのコラムかなにかで、「同調圧力」という言葉を知るに至った。多くの場合、否定的な意味合いで使われていた。そこでは、卒業式で感じたことが紹介されていたと思う。

 日本の大学および短大の卒業式の場合、服装は、男性ではスーツ姿が主流だ。最近では男性の紋付き羽織袴も成人式に続いて増えてきているようだ。
 しかし、女性は圧倒的に「袴(はかま)」を選ぶことが多い。レンタルで色とりどりの着物や袴を選ぶことができ、ヘアーやメイク、着付けサービスもついているので、卒業年の夏ころから人気店は予約で満杯だ。

 その女子学生は、自分でよく考えた後、式ではスーツ姿を選び、謝恩会ではドレスを選んだ。
 ところが、その席で、周囲の女子たちから「どうしてスーツだったの? お金がなかったの?」と聞かれてしまったという。日本でよくある「あるある話」である。
 彼女はこの「同調圧力」のため、せっかくの式が楽しい思い出にはならなかったという。彼女は不快だったのだ。彼女の選択は筋がとおっているし、それぞれ独立した精神を持っているはずなのに。どうして、他人と一緒でなければならないの?

 このように日本では、「みんな一緒が良い」という、空気が支配するイベントなどが結構ある。
 いわゆる就活も、なぜ皆、同じ黒いスーツ姿、白いシャツ、黒髪、女子なら頭髪を後ろに結ぶ? なんとなく女子中学生に戻ったがごとくである。一緒でないと不安なのだろうか。

 一方、日本の小中高校の中には、公立、私立を問わず、制服が決められ、校則も厳しい学校もある。そこには、子どもたちに、公私の区別を教え、公的な空間で規律正しくふるまうことを教えるメリットもある。
 服装規定に従う、時間を厳守する、校則を守る、これらを通じて、自制心や自律の精神を教え、それが大人になった時の経済活動の下支えになることも充分に理解できる。

 しかし、フォーマルの基準を外さず、選択の自由が許されている大学の卒業式で、しかも成人している身で、スーツ姿を自由意思で選んだ女性を奇異な目で見ることは、精神的な「いじめ」と捉えられる可能性はあるのだ。

 これが、フレンドリーなアメリカ人留学生なら、「あなたが来てくれて嬉しい。素敵なスーツですね。卒業式を楽しみましょう。」と言い、祝福しあい、一緒に写真を自撮りし、インスタに乗せることもあるだろう。

 最近、教師による教師に対する集団「いじめ事件」が起きた。(注:神戸市の公立小学校での教師間暴力事件)
 様態を聞くと、なぜ先生たちがこんなことをしたのかと誰もが思うはずだ。それに至るには、小さな段階、決して踏み越えてはいけない幾つもの段階を、「同調圧力」が踏み越えさせてしまったのではないだろうか。だれもこの圧力に逆らえなかったのではないかと推測している。もしそうなら憂慮すべきことだと思う。
 たった一人で良いから「この卑怯なことを止めよう」と勇気を出して正義を貫けていたら、違った局面となったことだろう。
 
 ここまでひどいケースでは無くとも、これに近いケースを教育現場で観たことがある。愚かな間違いがあっても、なかなか上の立場の人が言い出したことを変えられない空気がある。学校は、人が人を指導するところ、いわゆる「人治主義」の場所だからだ。

 ここで、考えてみよう。外見が「みんな一緒である」ということ自体が悪いということではない。どのような考え方や思いが、どういう形で現れれば、多くの人、みんなが幸福になるのかということを考えてみたい。

 ソーシャル・インクルージョン、「社会的包摂(しゃかいてきほうせつ)」という言葉がある。社会的に弱い立場にある人々をも含めて、ひとりひとりを、排除や摩擦、孤独や孤立から援護し、社会の一員として受け入れ、支えあうということである。

 具体的な事例で「社会的包摂」を説明したい。
 ある地方都市の、低所得者層の多い地域にH中学校がある。ここは、経済的に困窮する母子家庭も多く、3年生の修学旅行をだれもが楽しみにしている。なにしろ、東京ディズニーランドに行ったことがなく、ほぼ全員が、修学旅行で初めて、新幹線に乗る経験をする子どもたちだ。

 この学校には、家庭内暴力から逃れて、母子で密かに転校してきたという生徒も珍しくない。転校してきた子は制服が必要となる。他の都市で着ていた制服を着て登校するにはリスクもある。

 中学2年生や、あと少しで卒業という生徒に新品の高い制服を買うお金が無いことで、結果的に不登校を誘発してしまうという残念な出来事も経験してきた先生たちである。
 教師たちは経験を積み、どうしたら一番良い方法かをあみだしていた。これまで、日頃から卒業する学生たち、特に弟妹たちに制服を譲らなくてよい生徒と親に担任が声をかけ、中古の制服をPTAのお母さん方で集めているのである。さまざまなサイズが必要だ。体操服やカバン、学校グッズも集めている。

 転校すると、担任や学年主任、教務主任までも、優しく声をかける。「PTAがリサイクル活動をしていますので、利用してみませんか。見るだけでもいいから。」と小さな保管部屋に案内する。
 お母さんも新品同然の制服を見て、「結構、きれいにそろっていますね。全然、傷んでいませんね。」と、驚くという。なにしろPTAの方々が心を込めて、裁縫し修繕し、洗濯、アイロンがけ、糊付けをしているからだ。800円、500円、300円の中古の制服、100円の値札がついたグッズが並んでいる。
 先生は生徒に声がけする。「自分の小遣いで買えるよね。」そのとき、にっこりする生徒も多いという。

 自分の力で購入してもらうことは、とても大切なことである。無償で与えることは人間を堕落させる。
 「無料でもらって当たり前」は、いずれ未来に羽ばたく子どもたちに与える教育として、決してふさわしいものではない。「自助努力」の精神を教えなければ、人間の尊厳を奪うことになるからだ。貧困の連鎖を断ち切るには、努力という汗を流さねば、それが為されることがない。

 それだけではない。わずかな資金でも、買っていただけることで、修繕費用が生み出され、事業経営を永続的にまわすことができる。PTAもリサイクル活動費を寄付金に頼る必要がない。

 翌朝、「みんなと一緒」の制服を着て、同じバッグを持って、転校生は元気に登校してきた。朝の校門で、先生とかわす「おはよう」の挨拶は美しく輝いていた。

 このように、「みんなと一緒」という意味では、卒業式の袴も、中学校の制服も同じように見える。しかし、「同調圧力」のありようと「社会的包摂」のありようは全く異なっている。
 前者は、自己保身の心があり、人間を上下で考え、異なる人を見下したりする、そこには「人と違うことは許さない」という気もちが隠れている。
 後者は、学生のために何ができるかを必死に考え、無私なる心で実行し、多くの人を巻き込んで事業としているし、何より、中学生自身が喜んでいる。
 向いている心の針の方向が全く反対だ。

 「みんな違って、みんないい」と、金子みすず氏はポエムにした。
 色とりどりの個性という花を咲かせて、この世界を自由で美しいものとしたい。
また、一人だけを「下」にしないで、「一緒になれてうれしい」と感じることのできる世界、愛と思いやりという共感のあふれた世界を創りたいという願いがある。
 自助努力と同じく、社会的包摂は、社会を築く上で重要な考え方である。

 教育界で道徳が必要だと叫ばれて久しい。
 宗教、真善美の哲学、さまざまな思想から導き出される「道徳」は質的に高みがある。一方で、より実践に即した「道徳」は、行動を伴う経験によって、教師のスキルも磨かれていくという側面も忘れてはならないと思う。
 高みのある思想と実践とにかけ橋をかけること、それは、日々の努力と創意工夫の汗の結晶でしか生まれえない橋だ。教師こそ、常に謙虚な姿勢で反省し、教育力を向上させていってほしい。

社会福祉士・精神保健福祉士
元保護観察官
前名古屋市教育委員会 子ども応援委員 SSW
現福祉系大学 講師  堀田利恵


 

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[ 2019/10/19 21:07 ] メッセージ | TB(0) | コメント(0)