■□人を教える教師の気概~現代に蘇る人間学~□■ 

111120-そら

■□人を教える教師の気概
 ~現代に蘇る人間学~□■


皆さま、こんにちは。
本日もある教師の方の言葉をご紹介いたします。

「人を教える道は、一転して、自ら学ぶ果てしのない一道となる。」

「情熱というものは、まず物に感じるという形をとって現れるもののようです。したがって感激とか感動とかいうものは、その人の魂が死んでいない何よりの証拠です。ですからわれわれ人間は、感激や感動のできる間は、まだその人は進歩する可能性を持っていると言ってもよいでしょう。」

「真の誠とは、その時その時の自己の『精一杯』を尽くしながら、しかも常にその足らざることを嘆くものでなくてはならぬ。」

「わが身に振りかかってくる一切の出来事は、自分にとって絶対必然であると共に、また実に絶対最善である」

「力というものは、一たんその気になり、決心と覚悟さえ立ったら、後からあとからと無限に湧いてくるものです。それはちょうど、井戸に水の湧くようなもので、もう汲み出してしまったと思っても、いつの間にやら溜っているようなものです。」

「読書はわれわれ人間にとっては心の養分ですから、一日読書を廃したら、それだけ真の自己はへたばるものと思わねばなりません。」

「人間の言葉が真に力を持つのは、必ずしもその言葉自身が立派だからというのではなくて、その言葉を支えている背後の生活によるものであります。」

この言葉は、森信三という一人の教師による言葉です。(『修身教授録』致知出版社刊)
森氏は、京都大学において哲学者の西田幾多郎に師事し、卒業後は大学院に籍をおきつつ、天寺師範学校の専任講師となります。この言葉は、森氏が40歳くらいのときに師範学校の講義で話した言葉です。

その後、氏は大学教授などの職を経たのち、一般社団法人「実践人の家」の理事を務めました。(理事の後任には、安田善四郎:旧安田財閥・安田善次郎の娘婿等がいます。)

私が、森氏の言葉をご紹介したのは、森氏の教えというのは現代でも学校や企業の研修で用いられているからです。
企業というのは、自助努力により付加価値を生み出し、それを顧客に評価されてはじめて存在意義が認められます。

私は3児の母でもありますが、社会に出てからも通用する自助努力の精神を子供たちが身につけることを願っております。可塑性のある子供たちが長時間過ごす公教育課程においても資本主義の源泉である自助努力の精神を培えるか否かは教師の気概にかかっていると思います。「人間作り」という教育に使命感を持つ森信三氏のような教師の出現を心から望みます。

最後に森氏の「学校職場の再建3原則」をご紹介いたしまして、本記事を終えたいと思います。

「時を守り、場を浄め、礼を正す
これ現実界における再建の三大原理にして、
いかなる時・処にも当てはまるべし。」

担当:小野田真里子(事業家・3児の母)


 

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[ 2011/11/26 07:07 ] メッセージ | TB(0) | コメント(0)

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