■□ いじめの芽を摘むのは小さいうちから □■ 

120715 葉

◆いじめの芽を摘むのは小さいうちから◆

 梅雨の時期。蒸し暑かったり、晴れ間の日差しの強さに体調を崩されてませんでしょうか?
 先日、いじめで高校を2年で転校し、留年を何とか凌いで、今年の春大学に進学した女の子から、メールが届きました。
『休学したい・・・・・』

 ちょっと話を聞かせて、と早速、お母さんと3人でお茶しました。
 彼女は『いじめのフラッシュバックで、学校に行くのが怖い』と言いました。

 「実際なんか言われたりしたの? それとも気になる態度でもあったの?」
 彼女は重い口から時間をかけて
『今は、何もないけど。何かまた女の子達にされそうな気がする。一人気になる子がいる。』
『その子が女の子たちに話をして、また高校と同じようなことをするような気がする。』
『そんな気持ちになった時に動けなくなる。』
という気持ちを話してくれました。

 彼女のお母さんは、「女性の集団から逃れて生きるなんてできない。ここで対決するくらいの決意がなくていつ乗り越えるの?」と、彼女を励ましました。彼女は黙り込むだけでした。

 私は季節はずれですが、「雪下ろし」の話をしました。
 雪はスコップ一杯なら無理なく移動させることができます。しかし、二杯分三杯分の雪を一度で動かすにはすごく気合いが要ります。
 一つ一つ恐怖を消していきませんか?
 たとえば、あの子の視線が気になる・・・大丈夫?  「大丈夫!」みたいに。
 みんなの反応が変? 冷たい?・・・本当に?  「ううん、大丈夫!」

 彼女の表情が少し明るくなったところで、お母さんから「細かいこと気にしすぎじゃない? 実生活で苦労するのでないでしょうか?」と尋ねられました。

 「細かいことが気になるのは悪いことではないですよ。」とお話したのち、『人間発達学』(宣協社・刊 石川洋子編)を参考に、「問題解決とは、何らかの目的を達成するためのプロセスであり、問題解決能力とは、問題解決のために必要とされる知識や手段の有効活用の能力です。」とお話ししました。

 「問題解決の4要因」として、ショーエンフェルト(Schoenfeld)は、問題を解決するには以下の4つが必要だと述べています。
1 リソース(問題解決に必要な情報・知識・手段・方法)。
2 ヒューリステック(問題解決のための一般法則)。
3 コントロール(一般法則やリソースを管理コントロールすること)。
4 ビリーフシステム(問題に対する態度)。
 特に、問題をどうとらえているかは、問題解決の過程に影響すると考えられている。と解説しました。

 さらに、「経験から申し上げて、初めは遅々とした歩みかもしれませんが、ある時を超えるとまるでオセロゲームのように解決できる時期が来ますよ。」というと、
『そうなったら、いじめのフラシュバックはどうなるの?』と彼女。
「風化して知恵になりますよ」と言うと、嬉しそうでした。

 『オセロのように一枚ずつ。風化したら知恵になる』
 彼女は自分に言い聞かせるかのように何度も繰返し、お母さんとお帰りになりました。

 いつも悩む子どもの力になりたい、私達はそのための方法を知っています。

担当:興梠 規和



 

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[ 2012/07/15 17:00 ] メッセージ | TB(0) | コメント(1)

イジメの背景

滋賀県の大津市で学童のいじめから自殺問題が発生した。文科省がいじめ対策を発評したが。
西尾市で平成6年大河内清輝君の自殺から18年が過ぎたが、西尾市教育委員会に、平成6年以降本年までのいじめに対してどのような施策をしてきたかを、箇条書きで出してほしいと言っているが出てこない。

西尾教育委員会で、イジメはあるものと考えになることが必要と言っても、ないのが当たり前で、イジメが起きれば事実を隠ぺいの体質になる。イジメ側が町の有力者の場合隠ぺいを行い、教育委員会も有力者に加担している場合が多い。学校先生同士でもいじめはある。又地域社会でもいじめはある。

校区の大人社会のいじめが、学校の子供社会のいじめに繋がっている節がある。西尾市の場合は、いじめ側が電装の人で、いじめられた生徒がアイシンに親が務めていた。大津のイジメも背景が同じで、教育委員会の責任と有力者に対する配慮があると思われる。又人間も動物の一種である。動物である以上は自分の命は自分で守るとの意識が必要と思います。

他の動物の社会では、いじめられたら、いじめ返す知識を身に着けないと命がない。人間社会の学校だけはイジメないモノとの考え方がおかしい。大人の社会ではいじめは付き物で、イジメに対しての反発の能力がなければ、生きる権利を失う。家庭において、常に弱者の立場に立ち、弱い者に勝つことは偉くも何もないが。

家庭生活で、子供の数が少なく、イジメるか、イジメられるかで仲裁を取ることは出来ない。家庭が社会の縮図で、社会勉強が家庭で出来たが最近では出来ないのが現実だ。遊びも自然の中での遊びがなくなり、学校から帰ると塾通いで、友達との付き合いも同年輩での付き合いしかできない。どちらにしても特定の友達との付き合いしかないのが致命傷だ。

知識のつけ方も自己中心で、自分のための勉強で、相手の幸せ・相手の立場などは無視して、いかに自己だけが幸せになる方法を考えているのが現状だ。親の考え方も楽な生活をさせるために、優秀な学校にありつくためには、カネをつぎ込み、相手の親達と優位に立ちたいとの思いで、相手を傷つけていることなど関係ない。

親達の日常の生活習慣の中より、子供達は心で受け止めて、イジメることがイジメと映らずに、イジメることで優位を保つことが、当たり前の考えになる。又イジメられる立場の家庭生活は、親達の生活が苦しく、みじめな暮らしで、有力者・金持ちに反発出来ない態度が問題だ。教育関係者にあらゆる面での危機管理能力の欠如が最大の問題だ。

特に教育委員会が教育者関係者で占められていて、閉鎖的考えで、公僕精神、社会倫理に基づく社会貢献や、いたわりの精神活動を見せられる先生がいないのが致命傷だ。又親達も自己中心的な日常生活では、子供達が自己中心の考え方になるのは、自然のことと思います。又各家庭でイジメはあるとの認識がない。

わが子供がイジメられるのか、イジメるのか、中立で見て見ない振りをするのかに入る。
親達の危機意識の欠如が一番の問題点と思います。事が起きてから対処では適切な対処が難しいと同時に、被害者、加害者の立場に立ちお互いがいがみ合い、後世まで尾を引きお互いに世間を狭くする。先生がサラリ-マン化され、昔のように公僕精神にたけて、生徒・父兄より崇められる先生が少なくなったことが原因と思われる。

低学年では、親の言うことは聞かないが、先生の言うことをきく生徒は今でもある。先生の資格とは何か。又先生が教育委員会に目が行き、生徒と心から向き合っていない。文科省初等中等教育局児童生徒課に電話して、大津の皇子山中学校のイジメの背景は何かと聞いても返事がないどころか、基本的考え方・理念がない。

家庭・幼稚園・小学校・中学校・高等学校・大学と教育基本が違いバラバラな教育基本で、教育基本法も10年で全面見直し、各県の教育方針が2年で見直し、各市町村の教育指導要綱などは1年で見直していては日本文化が育つどころか、日本人の考え方をバラバラにして、日本国を潰す教育方針では、イジメ問題など解決できるわけがない。

勉強も個人のための勉強知識の教育方針では、個人主義だけ幸せを求め相手をいたわる心など育つわけがない。勉強知識も社会に役立つ人間なるための基本が必要だが、家庭始め社会全体がいかに楽してカネ儲けの手段としての知識をえるための日常生活により、各自が考え直す時と思います。学校は知能だけを教えるのでなく、まず健全な心・精神を教えた後に知能が必要だ。

児童の自殺者が出るたびに騒ぐのでなく、家庭環境が最大の問題点と思う。親の腹に種を宿した時より子供の教育は始まっている。親の腹の羊水が色々な日常生活のにおいが付き、色も当初は無色であるが色の付ぐわいで、親の腹の中で育つ環境を良くしてほしいと思います。出来る限り親達の夢を子供に託すのもよいが、子供の人格の尊重が欲しい。

高学年になれば、親達・先生達の良し悪しを判断する。親達が我慢・自由に常に義務と責任を果たした中に自由はあることを教え、親達が社会貢献する姿を見せるべきが、親達が勝手主義をおこない、相手の幸せなど関係なく自己主張して相手をイジメる行為を子供達に出来るだけ見せない家庭生活が欲しい。

昔は、人に迷惑をかけるな、人のために尽くせ、恥になる行為はするな等があり、助けられた時には「ありがとう」を言う子供に育てたが。今では個人保護法が優先され、学校と付近住民との連絡手段である名簿等は配布されず、緊急時に連絡の取りようがないし、常の連絡も取れないことが、子供の情報の交換場所がないのが致命傷と思う。

子供達の行動を親達が監視して、子供達の変化をより早く情報を掴み、お互いに情報交換の場所が欲しいが、良心共稼ぎでは、子供の行動の変化を読み取る手段を放棄に等しい。事が起きる前に未然に防ぐことをお互いに勉強しようではありませんか。人間の本質は相手の為に尽くすことにより、自己の幸せが心より喜べる社会環境を作ることに全力を尽くそうではありませんか。

日本社会を世界に誇れる、心より信頼し合える絆社会にしようではありませんか。
[ 2012/07/16 09:54 ] [ 編集 ]

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