ブラジル先生 

    先生が教えてくれた、「一人」と「独り 


                                                     花嶋 真次

新学期が始まった。1年の始まりを告げられ、新鮮な気持ちから高揚感が溢れてくる。

 子供達に最初、何を伝えようか? 最初こそが肝心であり、それは終わりにさえ影響してくる。だから、最初の言葉を私は選ぶ。遠い記憶の片隅に、「ブラジル先生」を思い出しながら。


 幼稚園に通っていた頃、私はいじめられっ子だった。自分から何かを発言したり、行動を起こすことが出来ず、まして友達を作ることも出来なかった。そんな自分が格好のターゲットだったのか、同じクラスの子によくいじめられた。




「独り」ではないのだ。 (写真はイメージ)



 そして、その名残りは小学校に入っても続いた。いじめこそ少なくなったが、友達は作れないという状況は変わらず、いつも1人ぼっちだったように思う。「話す」ということが苦手で、自分からは何も出来ずにいた。独りで毎日を過ごしていたのを、今でも大切に、そして時に憎しみを持って覚えている。

 そんな中、私が1つの分岐点に立たされたのが、小学2年生の時だった。担任の先生が変わった時である。その先生はブラジルに長年住んでいたので、あだ名はそのまんま「ブラジル先生」。いつも授業のどこかでブラジルのお話をし、時にポルトガル語で話す場面もあった。魔法使いの呪文のように、初めて聞く言葉にただ耳を立てていたように思う。先生は、いつも面白おかしく授業を進めた。

 いつも笑顔を絶やさない先生。当時、独りぼっちだった私には、その笑顔や話し方が大きな光明となっていた。そして、そんな姿を見ながら「あんな風になりたい!」「ああいう風に笑いたい!」と、いつも思っていた。
 
 そしてある時、先生が授業でこんなお話をしてくれた。

 「先生はブラジルでこんな体験をしました。動物園に行くと、象が1頭しかいません。先生は飼育員さんに『象は1頭で寂しいとか感じないんですか?』と尋ねました。すると、『象は1人です。いつも1人なんです。でも、いつも独りではないんです。私がいます。お客さんもいます。象の仲間はいなくても、決して独りではないんです』。飼育員さんはそう教えてくれました」

 このお話に、自分を投影したのをよく覚えている。小さな自分と、その象が重なった。

 教育に大事なことは、子供に「1人」を「独り」と感じさせないことである。言葉を変えれば「ひとり」の意味を教えることが、大きな要では無いだろうか。

 私の回想録は今でも繋がりを見せ、そして今でこそ、それが大きな役割を担うものだと考える。先生から教わったことを根底に置きながら、今年もレッスンを取り計らっていきたい。

 「1人であっても、決して独りではない!」

 新学期、私の最初の言葉が見つかった。

 あれから20数年、ブラジル先生は今どうしているだろうか? そんなことを思いながら、今日、私は教育に携わっている。


 http://www.ohmynews.co.jp/news/20070421/10355


恩師の一言は、一生心に残るものです。高校一年のとき、担任に、「能力あり者は能力以下ではいけない」と励まされ、それから勉強に力が入ったことを想い出します。その一言が、人の心を開くのですね。 
http://www.yomiuri.co.jp:80/editorial/news/20070504ig91.htm 
Children's Day     Edited by H. Miyamatsu


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例えば・・・

 私も同感です。
 例えば友達3人でランチ行ったとしましょう。
 
 相手の話を聞くにも、しゃべる側はしゃべりやすい人にだけ一方的に話してます。

 ここでチンプリ返っていると余計、孤独になります。

 どうせ私なんか・・・な~んて思ってしまいますが違うのです!

 自分もその人の話を目を見てよ~く聞いてあげるのです。
 すると、こちらにも話してくれるようになります。

 その人の話を真剣に聞いて理解してあげる姿勢にはやはり努力が必要です。

 これで3人という人数が2対1に別れなくて済みます。
 やはり人から必要とされる事が喜びですもんね。
 
 自分はみんなからどうでもいい存在なんだと思ってしまうと「独り」ですが、自分のできる事で少なからずお役に立てたらと思い直すとステキな「1人」になれる。v-106v-106v-106
[ 2007/05/06 08:29 ] [ 編集 ]

大勢の中の孤独

鮭ママ隊さんに共感する部分があります。
私の場合は、周りに人が居ても、自分は周りの人に心を開くことが出来ないという自分に責任のある孤独でしたが。
それは自分の努力の足りないことから派生する孤独なので、自分が努力を重ねるしか仕方がないことでした。


[ 2007/05/06 03:27 ] [ 編集 ]

独りにさせない

本当に大切な事だと思います。私は逆に回りに沢山の人が居るのに、いいえ居るからこその孤独を味わいました。周りに誰も居なくてもそれ自体を辛い事とは思わないけれど、周りに人が居ても、この人たちの目に私は見えていないのではないかと思わされるのは凄い孤独な事です。
[ 2007/05/05 09:32 ] [ 編集 ]

イメージ写真を見て僕がダブりました。小学校、中学、高校と”独り”でした。でも本当は”一人”だったんですね。新しい気付きです。そう、”一人”だったけど独りじゃなかったんです。

”「1人であっても、決して独りではない!」”

子供たちだけでなくすべての人に伝えてあげたい!
このおもいを抱いて子供たちに声をかけてあげよう!
大人たちにも接しよう!。

たしかに僕の心にも伝わり、宿りました。ありがとう!五月の風のように吹き渡っていきます。
[ 2007/05/05 07:40 ] [ 編集 ]

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