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◇◆ いじめ自殺検証委員会の光と影 ◇◆ 

190307 夕陽

◇◆ いじめ自殺検証委員会の光と影 ◇◆

 2016年7月に山口県周南市で起きた高2生徒自殺事件の、再調査の最終報告の際に教師の回答が明らかになりました。
 教職員20人に聞き取った内容をまとめたもので、亡くなった生徒に対する、いじめやいじりについて、
「いじられながらも相手をしてもらった方がいい」、
「(いじりをした生徒も)みんな良い子」、
「能力が異常に低い」、「学習障害」、「やりとりもかみ合わない」、
「質問に対してくどくど言い訳をする」などの発言。
 母親は、「一方的に人格を否定する内容に、憤りを超えた強い感情を遺族として抱く」と批判し、
「傷つき、苦しめられた息子を見殺しにしたのと同じ」、
「真実から目を背ける教員に子どもを指導する資格などない」と訴え、教員らの処分を県教委に求めたと、報道されています。

 「いじり」と「いじめ」を決断できない先生とは、厳しい言い方ですが、結局のところ、生徒に対する観察力がなく、生徒との信頼関係も築けず、指導力がなく、責任回避で生きている先生だと思われます。
 教師は、「人を受け入れること(受容)」と、「道徳や社会のルールに反する行為を受け入れること」とは違う、ということを再認識しなくてはなりません。

 先生にとって、授業で積極的に発言したり、場の空気を読んで集団をもりあげたり、成績が良い生徒は間違いなく可愛いはずです。私も教師なのでよくわかります。
 かつての日本では、優等生、学級委員は、プライベートでも道徳律がしっかりしていました。今でも学問やスポーツの世界で金メダル級の人物は人格的にも優れています。

 しかし、少子化による高い期待度、学校と塾の両立、両親共働きであるなどストレスフルの現代社会では、ストレスにさらされた子が、得てして、教師や親に隠れて、残酷なことや「いじめ」をしやすい傾向にあります。
 さらに、事件が発覚しても素直に認める子や親は少なくなってきています。特に親は子どもの言い分を信じたいものですし、子どもを否定することは自分自身が否定されたように感じ、必死に子どもをかばうことがあります。

 しかし、教師はそうであってはなりません。「情」に流されてはいけないのです。
 将来に可能性のある子どもの未来を信じて、その道を広げてあげる教育は、決して人道にはずれた行為を罰さず見逃してあげることとは違うのです。
 やったことはやったこととして、しっかりと指導し、その行為の責任を取らせたうえで、心機一転し再出発することができるよう導くことこそ教育者の使命だと思われます。

 また、なぜ教員は自殺生徒を「学習障害」「やりとりがかみ合わない」とおとしめたのでしょうか。
 この発言は、先に述べたとおり、20166年7月の事件から約2年も経過した、県の設置した再調査の検証委アンケートにおいてなされました。

 教員たちは、「自殺の直接のきっかけは特定できない」、「自殺の原因は複合的」とした、最初の第三者員会の検証結果を読んで、影響されたのかもしれない、とも考えられます。

 しかし、真に子どもの幸福を考えるのであれば、教師は常に公平(フェアネス)であるよう心がけねばなりません。
 したがって、教師であるならば、ひとりの人間として誠実であり人格識見の優れた人であるよう努めなければならないのです。
 公平さを保った教師が評価されるべきであり、反対に、隠ぺいした教師が処罰されるべきです。そのように、法律を改正し制度を整えなければなりません。それは政治家の仕事です。

 もうひとつ、組織としての責任を考えたいと思います。
 学校組織の場合、私立であっても、公立の場合も、地方公共団体の監督責任があります。実は、今回の調査では、学校組織経営上でも問題をありありと示しています。

 この事件を考える際には、リスクマネジメントの重要な原則「ハインリッヒの法則」が参考になります。
 軽微な事故への対策を確実に実施することにより、重大事故の発生を防止することができることを示した法則です。1件の重大事故の背後には29件の軽微な事故があり、さらにその背後には300件の「ヒヤリ・ハット」が存在するというものです。
 このことを理解していなかった甘い学校経営であった、ということを、逆にまざまざと証明していることになっているのではないでしょうか。

 最後に、第三者委員会の限界と非公共性について考えたいと思います。
「人によって感じ方が違うから、ある人にはいじり、ある人にはいじめ」という発想を元に、いじめではないという報告書が出されることも多々あります。問題から逃げているのです。
 この誤った解釈が「教育における価値中立」です。

ソーシャルワークでは、相談者の抱える困難や問題は、どれだけ似たようなものであっても、人それぞれの問題であり「同じ問題は存在しない」とする考え方があります。
 この原則において、相談者のラベリング(いわゆる人格や環境の決めつけ)やカテゴライズ(同様の問題をまとめ分類してしまい、同様の解決手法を執ろうとする事)は厳禁です。

 「教育における価値中立」という概念が第三者員会にもたらすものは、政治的中立や宗教的中立などの価値観に対して中立の立場に立つという、そもそもの意味と異なり、意外にも、「判断しない」、「加害者・被害者のどちらの味方にもならない」という消極的な結果になりがちです。

 ただし、真摯に問題に向き合い、事実を明らかにし、学校や加害者の責任を認める第三者委員会も増えていることを申し添えます。
 実際、今回の再調査の最終報告書を受けて、被害生徒のご遺族は、「ようやく声が届いた」と報告書を評価しています。

 昨今、第三者委員会の報告を、まるで裁判所の決定のように報道する向きもありますが、そこまでの権限はありません。マスコミの報道にも問題があるように思います。
 実は、犯罪では、司法などで行われる客観証拠中心主義でないと結論は出させません。
 テレビドラマ「トレース 科捜研の男」のように、犯人が言うウソを見抜き、真実を明らかにして、被害者の人権を守るドラマもありますが、「いじめは犯罪」であっても、第三者委員会は逮捕したり、判決を出すことなどできないことは言うまでもありません。

 第三者委員会が、被害者側の「何があったのか知りたい」という切実な思いを理解して、丁寧に事実関係を調査し、いじめがあったのかなかったのかを明確にし、更には、なぜ、いじめに至ったのか、何が原因で「重大事態」になったのか、を解明することが、被害者の心を癒し、さらに、同じようないじめの再発を防止することにもなります。

 教育ができることは、善の教育であり、道徳であり、明日の日本、未来の地球を築き上げる人材を育成することだと思います。
 そのための人間学であることを知らねばなりません。

前名古屋市教育委員会 子ども応援委員会 子ども応援委員
現福祉系大学 講師 堀田利恵


 

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[ 2019/03/07 10:00 ] メッセージ | TB(0) | コメント(0)

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