◆◇ 「いじり」に関する一件 ◇◆ 今から8年ほど前のことです。私はある公立高校の教頭でした。
勉強は得意でない者が多かったのですが、何事にも真剣に取り組み、素直な人柄の生徒が数多くいる学校でした。
私にとっては、自宅から自動車で1時間以上かかる「遠い」学校でした。しかし、生徒や先生たちの雰囲気がよく、物理的距離は「遠い」のですが、心的距離は「近い」、いわば「遠くて近い」学校でした。
生徒の問題行動がなかったわけではありませんが、大きな事件はほとんどなかったように思います。
ところが、ある日突然に、いわゆる「いじり」による「いじめ」の問題が発覚しました。
それは、体育祭の翌日の朝、ある男子生徒の父親からの担任への電話で発覚しました。
〇事件の発覚-それまで担任は問題性を感じていなかった
父親からの電話によると、昨夜、男子生徒が自室で首を吊って自殺をはかったとのことでした。幸いなことに父親が発見し引き留め、未遂で済んだとのことでした。
さらに、なんと連絡のあった今朝は、登校するために家を出たというのです。男子生徒は、朝になったから、「学校に行かなくてはならない」と思ったようです。
私たちは、登校してきた男子生徒を別室に入れました。男子生徒の首は内出血で赤くなっていました。本人の体調を確認の上、保護者と本人の了解の下、事情を聞かせてもらいました。
男子生徒によれば、これまで同じクラスの男子5人に、休み時間などに、お笑い芸人の物まねや、流行歌を歌うことを強制され、クラスメイトの笑いものにされていた、ということでした。まさに「いじり」型の「いじめ」です。
担任は、文化祭の際の教室で、男子生徒が歌を歌っていて、クラス生徒の多くが手をたたきながら笑って盛り上がっていた様子を目撃しており、男子生徒の性格から人前でパフォーマンスを披露するような性格でないので、担任はその時、不思議な感じを受けたことを報告してくれました。
ただ、その場は、すぐに収束した(担任の姿をみたからだと思います。)ため、そのままにしたと言いました。楽しそうにしている様子なので、問題性を感じなかったようです。
たしかに、多くの生徒が笑顔で盛り上がっていると「楽しそう」にしているように見えてしまいます。私も、今さらながら、そこに「いじり」型の「いじめ」を見落とす可能性があると知りました。
高校生をはじめ、子供には、テレビ番組のお笑い芸人などが「商売」でいじられることを売り物にして、お金を稼いでいることに思いが至らないものだと思います。
〇被害生徒からの事情聴取で加害生徒の名が判明した
男子生徒は生真面目で、教員や友達に相談をするタイプではありませんでした。しかも、「いじめ」を受けても「学校に行かねば」と思うほどの気真面目さを持っています。
ただ、皆に見せるポーカーフェイスの表情とは裏腹に、当たり前ですが、内心はかなりこたえていたようです。
そして、事情を聴く中で、「いじめ」加害者の同じクラスの5名の男子生徒の名前が出てきました。
〇加害生徒たちからの事情聴取
いじめの中心にいた子は元気があり、やや悪智恵もはたらくタイプの生徒でした。
あとの4人は調子に乗りやすい面はあるものの特に生徒指導上問題のある生徒ではありませんでした。
その子らの釈明では、被害男子生徒の反応が面白く、場を盛り上げようと思って「いじった」と話しました。
〇学校としての対応
被害者、加害者両サイドからの事情聴取を終えました。
加害者の5名には、口裏合わせ防止のために、携帯電話を預かった上で、複数の教員が同時に個々に別室で話を聴きました。
そして、生徒指導主任・事情聴取担当教員と教頭とで情報を持ち寄り、全体像の把握に努めました。
その上で各学年主任や生徒指導部教員を加え、「生徒指導委員会」を持ちました。
この「生徒指導委員会」で、問題行動の種別の認定や、指導措置原案を作成し、原案を校長に具申、その後、臨時職員会議を開催し協議の後、校長決裁をもらいました。
今回のような重大事故の場合は、事実概要の把握の段階で、校長は県教委に一報を入れます。また、必要に応じて「指導措置」を口頭または文書で報告します。
この事件では、中心となった生徒にはかなり重い指導措置が申し渡されました。他の付和雷同的な生徒4名には、事が事なので「謹慎」を命じ、反省期間を与ることになりました。
〇措置を受け入れない加害者の保護者
「指導措置」の申し渡しは、保護者に来校をお願いし、生徒共々、校長より行います。
今回は、デリケートな面もあったので、校長からの申し渡しの前に、加害者の保護者の方と生徒本人に対して、教頭と生徒指導主任から、個別に概要を説明し、措置することを納得していただくべく説得にあたりました。
中心となった生徒の保護者の方は、子供の非を理解し、学校の「指導措置」にも納得をいただけました。また、中心以外の4名のうち2名も問題なく申し渡しが終了いたしました。
ところが残り2名の生徒の父親からなかなか納得をいただけなく、教頭として苦労した記憶が残っています。
父親Aさんは、息子を伴い来校してくださいましたが、最初からけんか腰でした。言葉遣いも乱暴で「納得できない」の一点張りでした。そして、学校の対応を批判し続けるのです。その姿勢に、「子供に悪影響を与える」ことを心配するほどでした。
私は、「息子さんに強い悪意があったとは思いません。でも、軽い気持ちで同調することが、からかうことが、人を深く傷つけることがあります。今回は息子さんにその点を反省してほしいのです」と、繰り返し述べて理解を求めました。
その後、しばらくやり取りをしていると、突然、Aさんは床に手をついて、「申し訳ありませんでした」と、これまでとうって変わって謝りだしたのです。
それには、びっくりしましたが、Aさんの話では、どうも、世間で「いじめ」問題が取り上げられ、「いじめ」をしたので「息子は退学になる」と思い込んでおられたことがわかりました。
そのため、「何が何んでも退学を撤回させよう」と、けんか腰だったのだと理解できました。
もう一人の父親Bさんは、ホワイトカラーのインテリ風の方でした。指導を受ける息子とは別にいらっしゃったので、お父さんにのみに概要を説明しました。
Bさんは「うちの息子がいじめを認めているのか?」と強い口調で仰いました。聞けば「「息子」はいじめをやっていないと言っている。だから指導を受ける必要はない」との御主張でした。
「証拠があるのか?あるならば見せて見ろ」と言われたので、息子(生徒)本人の書いた詳述書のコピーをお見せしました。そこには本人の直筆で、「いじめだと思う」との反省の弁が記されていました。
しかし、Bさんは納得されず、「教員に脅かされて書かされた」と主張されるなど、膠着(こうちゃく)した状態から脱することはできませんでした。
それどころか、「教頭とかいって偉そうにしているが、官僚的で教育のことなど何も考えていないだろ。教育信条があるならば言ってみろ!」と怒鳴る始末でした。私の心の中では「連合艦隊出撃準備完了!」です。
結局、息子(生徒)本人をここに呼び、確認するということになりました。
息子が来るとBさんは、「(詳述調書を手に)お前はこれを無理やり書かされたのではないのか?」と聞きました。息子が「違う」と答えると、「おまえはいじめと認めるんだな」と詰問しました。息子は「認める」と答えました。
その瞬間、Bさんは息子の頬に平手打ちをしました。さらに、「お前は親に嘘をついていたのか、恥をかかせるのか!」と怒鳴りました。私は慌てて止めに入りました。
後日談ですが、その生徒の担任から、本人から聞き出したとのことで、「「いじめ」をしたと認めると、父親から暴力を振るわれると思い、とっさに嘘をついてしまった」と聞かされました。
このような親子の関係性について大変心配しました。
当時、この「いじり」の件から学ぶことが多くありました。
笑いや盛り上がりが必ずしも「楽しい場」ではなく、「いじめの場」の可能性があるということが一番です。
ちなみに、被害者の男子生徒には、スクールカウンセラーとの面談を定期的に設けましたし、困ったことがあっても相談に来るタイプではないので、毎日放課後、担任か学年主任と短時間でも会話をする時間を設定し、本人を守る手立てとしました。
その後、本人の努力もあって、その男子生徒は、進路を決め無事に卒業しました。
元公立高校 校長 清川 洋

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